神輿(御輿・御神輿)は、神様が移動する際にお乗りになる乗り物です。
神社の祭礼時に、御祭神を一時的に奉安し、複数人でそれを担ぎ上げて、もしくは台車に乗せて曳くことで移動します。
貴人を乗せるための「輿」が大陸から伝わり、後に転じて神様をお乗せするようになったと考えられています。
古くは、養老4年(720)、九州南部で隼人の反乱が起きた際、反乱の鎮定に赴いた朝廷の軍に守護を与えるために宇佐神宮の神様が同行したとされ、その際に神輿が登場します。また、天平勝宝元年(749)、大分の宇佐神宮の神様が奈良東大寺の守護神として迎えられた際には、宇佐神宮の神様は紫色の鳳輦で入京したとされています。
これらのことからも、既に奈良時代には、神様の乗り物としての神輿が存在していたことが分かります。
その後、奈良や京都を中心に多くの神社で神輿が造られるようになります。神輿の生産も関西が中心で、江戸時代初期まではほとんどの神輿が関西で造られていました。そのような中で、形状や意匠が徐々に私たちが知る現在の神輿に近い形に変化したと思われます。
江戸時代中期になると、江戸の職人によって造られた所謂「江戸神輿」が登場します。
明治になり、近代化が進み、街に電線が張り巡らされたことによって、それまで多くの祭で主流だった背の高い山車の引き回しが困難となり、代わりに注目されたのが神輿の存在でした。明治後期には、神社だけではなく町方が神輿を所有するようになり、山車の代わりに町民によって盛んに担がれました。
昭和期には、戦後の復興から高度経済成長期にかけて、神輿生産の最盛期を迎えます。戦禍で失われた神輿の復活や、都市化によってますます姿を消しつつあった山車からの切り替えによって、多くの神輿が神輿師によって造られました。
千葉県市川市の南部に位置する行徳地域や、東京都台東区の浅草周辺は神輿の生産地として有名です。特に、行徳で造られた神輿は「行徳神輿」と呼ばれ、明治から昭和にかけて造られた江戸神輿のうち、およそ半数が行徳神輿であったと言われています。
現在では、東京都・浅草神社の「三社祭」、神田明神の「神田祭」、神奈川県・寒川神社の「浜降祭」など、関東を中心に全国津々浦々に神輿が活躍するお祭りが存在し、人々によって盛んに担がれています。
中には、茨城県水戸市の「水戸黄門まつり」、山形県寒河江市の「神輿の祭典」、岩手県花巻市の「花巻まつり」など、市町村規模で祭に力を入れているところもあり、訪れた見物人や観光客を楽しませています。
神社の祭礼の際に、神様を神輿にお乗せして氏子地域を担ぎ歩く(渡御)ことにより、御神徳を宣揚し、氏子の無病息災・五穀豊穣や、地域の安寧と繁栄を祈願します。
氏子は、神様の力(神威)を少しでも多く頂こうと、氏子地域の隅々まで長い時間をかけて神輿を担ぎます。また、神輿を激しく揺らして担ぐのは、御霊を振ることによって、その神威を強めるためだと言われています。
神輿が町内を渡御する時が、氏子と神様の距離が一年で最も近づく時でもあります。氏子は神輿を通して神様の存在をそこに感じ、思い思いの感謝と願いを込めて神輿を担ぎます。
神輿は、決して自分たちがただ楽しみたいから担ぐものではありません。そこには、地域の平和と繁栄を願う氏子の想いが込められています。だからこそ、祭礼の中心にはいつも神輿があるのです。
神輿は本来、祭礼が行われる神社の氏子地域に住む人々によって担がれるものです。しかし、近年はどこの地域も担ぎ手不足の問題を抱えており、他地域の担ぎ手や神輿愛好会のメンバーなどを応援として呼び、それらの人たちが氏子と一緒になって神輿を担ぐ場合も珍しくありません。
歴史的背景によって大きく【関西型】と【関東型】の2種類に分類されます。
京神輿(関西型)
屋根の四隅にある蕨手が、屋根の下より出ているのが特徴で、鳳凰(大鳥)の尾羽が上を向いています。
ほとんどが平屋台造りで、胴には帷が付いており鮮やかな布で覆われていることが多く、内部は広く、畳敷きになっていることもあり、心柱がありません。
荒々しく担ぐのではなく、神様の御霊を奉安し、静々と曳くか、もしくは厳かに担がれ渡御されることが多い神輿です。
江戸神輿(関東型)
屋根の四隅にある蕨手が、屋根の上から出ているのが特徴で、鳳凰(大鳥)の尾羽は流れるような形で下を向いています。
京神輿に比べて丈が高く、胴が細く造られており、台輪に比べて屋根が大きく造られている場合が多いため、スマートな印象を与えます。また、勾欄造りと木彫刻にその特徴があると言われています。内部には心柱があり、そのためか見た目の印象よりも重く感じられることが多くあります。
威勢の良い掛け声とともに、大勢の担ぎ手に荒々しく担がれることが多いため、その衝撃に耐えられるよう頑丈な造りになっています。
神輿の形によって2種類に分類されます。
宮型神輿
神輿と言われて誰もがまず初めに想像するであろう形です。神輿は神様を奉安するために、外観だけではなく構造までも実際のお宮を模して造られており、それは正に小さな神社です。
屋根には鳳凰や擬宝珠を戴き、胴の周りには鳥居や囲垣が配され、各所に彫刻や錺金具といった豪華絢爛な細工が施されています。
担ぎ手の荒々しい動きに耐え得る堅牢な構造になっており、美と実を兼ね備えた一級の芸術品と言えるでしょう。
万灯神輿
万燈神輿とも。東京都墨田区に鎮座する隅田稲荷神社が発祥とされる神輿の形で、隅田開拓の祖・江川善左衛門雅門の徳を称えて万灯に錦絵を描き担いだのが始まりとされています。
四角い胴のそれぞれの面に絵を描き、屋根部分には四面ともに多数の提灯を配した、大きな行燈のような形をしています。日暮れ後に、胴や提灯に明かりを灯して担がれる様は華やかで見応えがあります。
胴に描かれる絵は、その神輿が所属する神社や町会に因んだ事柄や、地域の名物、武者絵、風景画など様々です。
神輿の所属によって3種類に分類されます。
宮神輿
神社が所有する神輿のこと。神社神輿・本社神輿・御本社とも呼ばれます。祭礼時には御祭神の御霊(神霊・御魂)を乗せて、氏子地域を氏子によって担がれます。
一社に何基も神輿がある場合は、「一の宮」「二の宮」などと呼び分けます。
町神輿
町内会が所有する神輿のこと。その町内会が位置する地域の氏神神社の祭礼では、氏神様の御霊を分けてもらい、町内区域を町民によって担がれます。
会神輿
愛好会や同好会などが所有する神輿のこと。主にイベントや神輿パレード等に出場する際に担がれます。
熱烈な神輿好きの中には、個人で神輿を所有する者もおり、その神輿を「個人神輿」とも呼びます。
地域固有の特徴を持った神輿の一例。
三社型神輿
浅草神社の宮神輿に代表される形です。
宮本卯之助商店の五代目宮本卯之助が、戦災によって消失した浅草神社の宮神輿を復活させるにあたり、日光東照宮の宮神輿を参考にして誕生させました。
関東型の神輿としては本来屋根の上から出ているべき蕨手が屋根の下から出ており、蕨手の形も一般的な江戸神輿に比べて大きくせり出しているのが特徴です。また、屋根の勾配が一般的な七寸勾配よりも緩やかなため、屋根の膨らみが少なく、全体的にすっきりとした印象を与えます。
浅草神社の例大祭である三社祭に参加する町神輿の多くが三社型であり、また全国的にも敢えて三社型を採用している神輿が多く存在します。
相州神輿
神奈川県、特に湘南地域から西側に多く見られる形です。
江戸神輿に比べて台輪が大きく造られており、屋根と台輪の幅がさほど変わらないため、見る者に大きく迫力のある印象を与えます。また他にも、屋根頂部の鳳凰が前傾姿勢になっていたり、蕨手の巻き具合が強かったりといった違いがあります。
最大の特徴は、台輪の左右に2つずつ取り付けられた「鐶(箪笥)」と呼ばれる取手状の金具で、その鐶を台輪に叩きつけた際の音で担ぎ手が調子を合わせる「どっこい担ぎ」で担がれます。
多くが、江戸神輿の「飾り綱」ではなく、「捩り」と呼ばれる白い晒を紐状にしたものが掛けられています。担ぎ棒は2本のみで、担ぎ手は頭を棒の内側に入れて担ぎます。
神輿の基本的な構造は「屋根」「堂(胴)」「台輪」の3つに分けることができます。
― 屋根 ―
四角形をはじめ、六角形、八角形、八ッ棟型などが見られます。
最も一般的な四角形の屋根は「延屋根」と「唐破風屋根」の2種類に分けられます。
鳳凰(大鳥)
屋根の頂部に飾られる鳥型の飾り。稀に鳳凰ではなく擬宝珠を冠する神輿もある。鳳凰の由来は、神輿の原型でもある鳳輦による。
嘴瓔珞
鳳凰の口から下げられた飾金具。地域によっては代わりに稲穂を下げるところもある。
小鳥(燕)
屋根の四隅にある蕨手の上に1羽ずつ、計4羽飾られる。稀に小鳥ではなく、小さな鳳凰や四神が飾られている神輿もある。
路盤
鳳凰を載せる土台部分。面には彫刻や紋が施されている事が多い。
駒札
鳳凰の足元に取り付けられる、将棋の駒形の札。社名や町名などが書かれ、神輿の所属を表す。
屋根紋
四方の屋根にあしらわれる紋。その神輿の所属によって、社紋や会紋が施されている。1つの面につき、1個・3個・5個の場合がある。
野筋
屋根の四つ角、路盤から蕨手にかけての部分。屋根の面同士の繋ぎ目を補強する役割がある。関東型の神輿は野筋の先に蕨手が付く。
蕨手
屋根の四隅に取り付けられた飾り。多くは鋳物で造られる。蕨のようにくるりと曲がった形をしている。龍が巻ついているデザインのものもある。
吹き返し
屋根の淵、軒面の上に並んだ飾金具。神輿に向かって投げられる賽銭を受け止める役割があったとの説がある。
隅木
屋根の四隅の下にある木部の名称。関西型の神輿は隅木から蕨手が出ている。三社型の神輿も、関西型と同じく隅木から蕨手が伸びている。
垂木
隅木の脇に並び、屋根を支える役割を担う木部の名称。通常は屋根に対して垂直に並ぶが、円形に並んだものを特に「扇垂木」と呼ぶ。
桝組
社寺建築の技法。屋根の重さや、担ぎの衝撃から神輿を守る役割を担う。
瓔珞
貴人を隠す御簾のように、神輿の四面に取り付けられる飾金具の目隠し。実際の寺院でも使われる仏具を模したもの。神輿を担ぐ際には取り外されることが多い。
風鐸
屋根の四隅から下げられる風鈴のような飾金具。実際の寺院でも使われる仏具を模したもの。神輿を担ぐ際には取り外されることが多い。
― 堂(胴)―
堂の構造は「平屋台造り」と「勾欄造り」の2種類に分けられます。
木鼻
四隅に2個ずつ、計4個ある。狛犬・獅子・象・獏などの彫刻がよく施されている。
堂柱
堂の四隅の柱。稀に、堂柱に被せるように龍などの彫刻が施されたものがあり、この彫刻を「柱隠し」と呼ぶ。
長押
柱と柱の間のこと。唐戸の上下に上長押・下長押がある。十二支・縁起物などの彫刻がよく施されている。
唐戸
堂の内部に通じる扉のこと。四面についている場合もあれば、前後二面のみの場合もある。
戸脇
唐戸の左右のこと。昇り龍・降り龍などの彫刻がよく施されている。
胴羽目
堂の左右の面いっぱいに大きく施される彫刻のこと。四面ともに唐戸がある神輿の場合は、胴羽目は無い。
御鏡
唐戸の前に掛けられる。魔を返す意味合いとともに、唐戸の開扉を防ぐ役割もある。
囲垣
台輪の縁に、堂を囲むように配置されている。神社の玉垣に同じ。
地覆
囲垣の基礎の部分。一重のものと、二重のものがある。
鳥居
それぞれの面の中央に1つずつ取り付けられている。神域と俗界の境界を表す。龍の彫刻が施されているものもある。
回廊
勾欄造りの神輿に見られる。堂をぐるりと一周囲む。
階
読みは「きざはし」。勾欄造りの神輿に見られる。回廊と鳥居を繋ぐ階段。
作人札
神輿の正面、鳥居の左側に取り付けられる。その神輿の製作者名が書かれている。
― 台輪 ―
その見た目から「角台輪」と「三味線胴」の2種類に分けられます。
台輪紋
それぞれの面の中央に付けられる紋。社紋や会紋が施されている。紋の左右に出花金具が付く場合もある。また、台輪紋の代わりに四神の彫刻が施されている場合もあり、この彫刻を「台輪彫り」と呼ぶ。
剃刀
台輪の縁を保護する目的で付けられる、ぎざぎざ状の金具。
台輪角金具
台輪の角を保護する目的で付けられる金具。鋳物で造られている場合もある。
棒穴
台輪の前後に2つずつ空いている棒を通すための穴。
飾り棒
保管時などに棒穴に通しておく短い担ぎ棒。
棒先金具
飾り棒や担ぎ棒の先端に保護のために付けられる金具。
泥摺り
台輪の底面が直接馬や地面に触れないように保護するため、台輪の下に設けられる部分。
鐶
箪笥とも呼ばれる。相州神輿に見られるもので、神輿の左右に2つずつ付いている取手状の金具。
二重台輪
稀に台輪の上に更にもう一段台輪がある神輿もある。
― その他 ―
飾り紐
鳳凰の足元から蕨手を通り担ぎ棒まで伸びる紐のこと。神輿本体を締める実用的な役割と、化粧として神輿を華やかに見せる装飾的な役割を併せ持つ。2本1組で用い、両端には房が付けられる。また、飾り紐の外側に更に紐を編み、装飾を兼ねて丈夫にすることを網掛けという。
鈴
飾り紐に取り付けられる。本坪鈴と呼ばれる、神社の拝殿に吊るされる鈴と同じ形のものを用いることが多い。鈴の音は罪穢れを祓い清める効果があるとされる。
担ぎ棒
神輿を担ぐための棒。担ぎ方によって使用する本数に差がある。角に丸みを付けた角材が多いが、丸太材を使用するところもある。
馬
休台とも。神輿を乗せて置くための台。2つ1組で使用される。
拍子木
神輿を担ぎ始める際や、担ぎ終えた際の合図として打ち鳴らすもの。「一本締め」や「三本締め」と呼ばれるリズムで鳴らすことが多い。また、拍子木を打ち鳴らすことを「木を入れる」と言う。
書籍
映像資料